ジシン・ト・ジッセキ・ハ・アト・カラ・ツイテ・クル!〜根拠のない自信の魔術〜

2026年05月27日 22:01
カテゴリ: ブログお知らせ

これまで数人のクライアント様
特に「ソウルナンバー宿命数2」と
「パーソナルナンバー運命数18」の
ナンバーを
持って生まれて来られた方には
『日記を書いてくださいね!📓』と
お伝えしてきました
 わたしの場合は
文才の神様・オーディンが宿る
水曜日の夜
なるべく寝る前に
ブログを書くクセを付けています。

皆さん、こんばんは!
今夜も
魔女の村ラ・ヴィラ・トゥモール
 〜夢を叶える魔法のグリモワール〜へ
ようこそ!

🕊️ 10年前、初めて沖縄へ降り立った理由

皆様からよく
「魔女さんは、なんで沖縄に来たのですか?」と
聞かれることがございます。

既に知ってくださっている方も
いらっしゃると思いますが、

改めて、10年前の2016年10月4日、
わたしが生まれて初めて沖縄に来た理由を
今夜は少しお話しさせてくださいね。

わたしの父と母は北海道の出身です。
父方の祖父は樺太アイヌ系の血筋。
母方の祖父は、織田・豊臣・徳川の三代に仕えた
戦国武将・市橋長勝公を先祖に持つ
直属の子孫で、
わたしは祖父の代から数えて
二等親の末裔にあたります。

そんな8人兄弟の母の長兄
(わたしにとっての伯父)は、
太平洋戦争の沖縄戦において、
激戦の地・嘉数(かかず)高地に配属され、
北海道に妻と当時一歳の長男を残したまま、
26歳という若さで戦死いたしました。

沖縄県糸満市摩文仁にある
【平和の礎(いしじ)】
ここには、沖縄県民の方々だけでなく、
日本全国、そして国外から徴兵された
全ての犠牲者のお名前が刻まれています。

その「C-3 北海道十勝支庁」の欄に、
わたしの伯父であり、従兄弟の実父である
【市橋 弘】の名前が刻まれているのです。

🌟2度の奇跡に救われた命と   「第六感」

両親は北海道から静岡、
そして埼玉へと移り住み、
埼玉県草加市の松原団地の目の前で
レストランを営むようになりました。

わたしは昭和46年3月19日、
早産でこの世界に産声を上げました。

わたしは出生時、
2,300gの低体重児として生まれ、
生後3ヶ月の頃に
「先天性水頭症」を発症しました。

頭部の大手術をして命は助かったものの、
幼い頃から入退院と検査を繰り返す日々。

母や伯母たちの手厚い看病のおかげで、
ここまで成長することができました。

主治医からも
「この子は他の子よりもゆっくり成長する子ですからね」と告げられたそうです。

日本料理の板前だった父は、
腕は一級品でしたがプライドが高く、
仕事で嫌なことがあると
酒に溺れ、その鬱憤を母への暴力に
変える人でした。

酒乱の激しさは凄まじく、
一時期は毎晩のように
母に包丁を突きつけるあり様。

その暴力から逃れるため、
4歳の頃には母と姉と3人で、
しばらく大阪の母子保護施設で
暮らした記憶もあります。

わたしには、先天性水頭症から併発しやすい
ASD(自閉スペクトラム症)の兆候が見られ、
発語の遅れや、
激しい運動の制限などがありました。

さらに小学1年生の夏休みには、
熱中症で倒れて緊急搬送。
生死の境を彷徨いましたが、
たまたま通りかかって発見してくれたのが、
我が家に毎週来ていた
クリーニング屋さんのご主人でした。

生後3ヶ月で異変に気づいてくれた母。
そして6歳の時に命を救ってくれた
クリーニング屋さん。

わずか6年の間に
2度も命の危機に晒されながら
生き残れたことは、
奇跡としか言いようがありません。

こうした九死に一生を得る体験を経て、
わたしの中の目に見えないエネルギーと交信する
特殊な能力

「シックスセンス(霊感・第六感)」は、
ますます研ぎ澄まされていきました。

👁️のんちゃんにだけ見えていた世界

幼少期のわたしは、
周囲から見れば不思議な行動の多い
子どもでした。

集団行動やイベントがとにかく怖くて
パニックになり、大泣きしてしまう。

一番大好きなのは、
ひとりで自由に過ごす時間。

保育園の頃、
みんながお絵描きをしていても、
わたしは園庭でひとり砂遊びをしていました。

ある日、大好きな先生に
「お部屋に入りましょう」と声をかけられたとき、

わたしはこう言ったそうです。

『のんちゃんは、ひーちゃんとお砂をしてるの!』

そこには本当に
「ひーちゃん」がいたのです。
でも先生には見えません。

5歳でやっと発語した、
たどたどしい言葉で
「ひーちゃんだよ!」と返すだけ。

でも、確かにそこに居たのです。

さらに小学校低学年の頃。
近所のお母さんたちが、
母の元へ人生相談(井戸端会議)に
やってくるのを、
わたしはそばで聞いていました。

ある時、
ご近所のTさんという奥さんが
「主人に女性の影がある」と
相談している最中、
その奥さんの後ろに、
ぼやぁっと若い女性の影が現れたのです。

びっくりしたわたしは、
『ママ!Tさんのおばちゃんの後に!』
と大声で叫び、
咄嗟に母に口を塞がれました。

大人になってから母に聞くと、
わたしが視ていた
女性の髪型や服装の特徴が、
のちに判明したお相手の写真と
完全に一致しており、
ゾッとしたと言われました。

母のすぐ上の姉(千葉の伯母)が持つ
強い霊感が、
わたしにもはっきりと備わっている。

それが紛れもない事実でした。

  🧹46歳、初めての沖縄      「魔女」への変容

15歳で社会に出て、21歳で結婚・出産・育児、
37歳で離婚……。

様々な荒波を乗り越え、46歳になった
2016年10月4日。
わたしは生まれて初めて沖縄の地を踏みました。

21歳から16年間、専業主婦だった
わたしにとって、
飛行機に乗るのすら26年ぶりのこと。

「LCCって何?」「ゲストハウスって?」と、
まるで浦島太郎のような気分でしたが、
導かれるように今帰仁村での
長期滞在が決まりました。

那覇空港の第3ターミナルに降り立ち、
もみくちゃになりながら、
ゆいレールに乗って美栄橋のゲストハウスへ。

あの日のことは、今でも
昨日のことのように覚えています。

そこから数々の**“沖縄ミラクル”**が
始まりました。

実は、37歳で離婚して自営業を始めた
2008年 (今から18年前)
「美らサロントゥモール」
「セラピストのん」として
活動をスタートした頃は

まだ沖縄の「お」の字も
知らない状態でした。

まだ見ぬ沖縄を
勝手にイメージしながら、
とにかく好きなこと、
やりたいことを書き、
動き続けました。

すると、
まるでお膳立てされているかのように
タイミングよく道が開けていったのです。

大当たりはしなくても、
「三言日記」や
「新月のデクラレーション」を

一言一言書き続け、
一歩一歩足を進めてきました

ひらめいたインスピレーションを大切に
2回の改名を経て
「変容の魔術」を身につけ

ついに架空の存在だった
「魔女ティアラン」は、

「那覇の魔女ティアラン」として
産声をあげました。

初渡沖から約1年後の2017年11月21日
沖縄県那覇市牧志のうりずん横町通りにある
小さなおもちゃ箱のような物件
(魔女の空間フォーチュントゥモール)に
出会ってしまったのです。

📢 皆様へ  大切なご報告と決意

埼玉や那覇のマチグヮー(市場)の
ネーネーたちからも、
ずっと「のんちゃんの人生は本が書けるよ!」と言われ続けてきました。

土地勘ゼロ、人脈ゼロからスタートした

沖縄行きから数えて

次回6月1日の本土への渡航は98回目

そして7月19日からは記念すべき
100回目の
『ほうきで飛んで埼玉 2026 Summer 最終章』
を迎えます。

(この回数を正確に覚えているのも、一度聞いた誕生日は忘れないという、自閉スペクトラム症特有の“こだわり”という特性の賜物です💡)

ここで、皆様へ一つ
大切なお詫びとご報告がございます。

前回・前々回の埼玉出張中、
そして今年1月中旬の那覇サロンにおいて、
わたしの都合で急遽
ご予約をキャンセルさせていただく形と
なってしまいました。

これまで17年半、
一度もお客様のご予約を
お断りしたことがなかったため、
本当に心苦しく、
深く反省しておりました。

55歳を迎え、
心身の乱れ(更年期症状)が
顕著に現れたこともあり、
長年続けてきたお酒を
今年の1月19日から
キッパリと断っております。

本日で禁酒から4ヶ月が経ちました。

心身がとても楽になったのを感じています。

酒乱だった父の遺伝や、
サロンが歓楽街に
近い環境もありましたが、

「自分との約束」を守るため、
お酒には完全に別れを告げました。

更年期の症状が出始めた
50歳の時にMRIを撮った際、

医師から「まだ静止性水頭症ですよ」と
言われた時は愕然としましたが、

そこは持ち前の“根拠なきど根性”

『わたしは魔女ですから!🧙‍♀️』と、
浮世離れした自信で
ここまで歩んできました。

そして今年1月中旬、苦渋の決断で
ご予約をお断りして埼玉へ帰省した際、
わたしはある大きな決意をしました。

「今年8月完全に居住地を沖縄へ移します!」

約10年間、埼玉にベースを置いたまま往復していた生活に一区切りをつけ、完全移住いたします。
これに伴い、埼玉への長期滞在はできなくなりますが、感謝を込めて以下の期間で帰省・出張セッションおよびご挨拶に伺います。

ほうきで飛んで埼玉2026summer
 6月1日 〜 6月10日
 7月19日 〜 7月31日

あの時、日帰り弾丸で九州から那覇サロンへ
ご予約をくださっていたクライアント様をはじめ、
ご迷惑をおかけした皆様に、
この場を借りて改めて心よりお詫び申し上げます。

✨未来へ繋ぐ今夜の魔法の呪文

旧正月を香港で過ごせたことも🇭🇰
今日まで那覇サロンをご愛顧くださる
クライアント様のおかげです。

今後は埼玉に限らず、日本全国津々浦々、
そして沖縄那覇サロンでの魔女活動を
バランスよく両立できるよう
ますます精進してまいります

10年前
初めて沖縄に来たあの時の感覚を呼び覚まし
再び「根拠なき自信」を持って
第三の故郷・沖縄から羽ばたきます!

それでは
今夜の魔法の呪文を……。

✨ ジシン・ト・ジッセキ・ハ・  アト・カラ・ツイテ・クル! ✨
〜根拠のない自信の魔術〜

長文乱文
最後までお読みいただき
心より感謝申し上げます。

🔮【埼玉出張中の鑑定をご希望の方へ】
個別メッセージ(DM)にて
お気軽にお問い合わせください。

記事一覧を見る